インプラント
インプラント治療について
歯を失った場合の治療法として、近年注目されているのが「インプラント治療」です。インプラントとは、失った歯の根の代わりとなる人工の歯根を顎の骨に埋め込み、その上に人工の歯を装着する治療法を指します。
従来の入れ歯やブリッジとは異なる原理で歯の機能を回復させるため、噛む力や見た目の自然さにおいて優れた結果が得られることが特徴です。歯を失うと、噛む力が低下するだけでなく、顎の骨が徐々に痩せていく「骨吸収」という現象が起こります。
インプラント治療は、この骨吸収を防ぎながら天然歯に近い機能を取り戻すことができる治療法として、世界中で広く行われています。
インプラントの構造と
生体内での機能
インプラントを構成する3つの部分
インプラントは、主に3つの部分から構成されています。第一に「インプラント体」と呼ばれる、顎の骨に埋め込まれる人工歯根部分です。
これはチタンまたはチタン合金で作られており、直径は3〜5mm程度、長さは6〜15mm程度の円筒形またはネジのような形状をしています。
第二に「アバットメント」と呼ばれる、インプラント体と人工歯をつなぐ連結部分があります。第三に「上部構造」と呼ばれる、実際に見える部分となる人工の歯(クラウン)です。
この3層構造により、インプラントは修理や調整が可能になっています。例えば、上部構造が破損した場合でも、インプラント体を残したまま人工歯だけを交換できます。
また、噛み合わせの変化に応じてアバットメントの角度を調整することも可能です。
オッセオインテグレーションの
仕組み
インプラント治療が成功するための最も重要な現象が「オッセオインテグレーション」です。これは、チタン製のインプラント体と顎の骨が直接結合する生体反応を指します。
通常、体内に異物が入ると免疫反応によって排除されますが、チタンは生体適合性が極めて高く、骨の細胞がチタンの表面に直接付着して成長します。
この現象は1950年代にスウェーデンの研究者によって偶然発見されました。
骨の細胞である「骨芽細胞」がチタン表面で増殖し、骨の主成分である「ハイドロキシアパタイト」という物質を作り出すことで、インプラントと骨が一体化します。
このプロセスには通常2〜6か月程度かかり、この期間中はインプラントに過度な力をかけないよう注意が必要です。
現代のインプラント体は、表面に微細な凹凸加工や特殊なコーティングを施すことで、オッセオインテグレーションを促進する工夫がされています。
表面積を増やすことで骨との接触面積が広がり、より強固な結合が得られるためです。
従来の治療法との比較
歯を失った場合の従来の治療法には、部分入れ歯、総入れ歯、ブリッジがあります。部分入れ歯は取り外し式で、残っている歯にバネをかけて固定します。
しかし、バネをかけた歯に負担がかかり、徐々にその歯も悪くなる可能性があります。また、噛む力は天然歯の30〜40%程度まで低下します。
ブリッジは、失った歯の両隣の歯を削って土台とし、連結した人工歯を被せる方法です。固定式で安定していますが、健康な歯を削る必要があり、土台となる歯に大きな負担がかかります。
また、歯を失った部分の骨は刺激を受けないため、骨吸収が進行します。インプラントは、隣の歯を削る必要がなく、独立した人工歯として機能します。
噛む力は天然歯の80〜90%程度まで回復し、インプラントを通じて骨に刺激が伝わるため、骨吸収の進行を抑制できます。
ただし、外科手術が必要であり、治療期間が長く、費用も高額になるという特徴があります。
インプラントシステムの
種類と当院の選択
世界的に信頼される
インプラントメーカー
インプラント治療の成功には、使用するインプラントシステムの品質が大きく影響します。世界には多数のインプラントメーカーがありますが、長期的な臨床研究データと実績を持つメーカーの製品を選択することが重要です。
当院では、患者さんの状態や治療部位に応じて、2つの信頼性の高いインプラントシステムを使い分けています。
ストローマンインプラントの特徴
ストローマン社はスイスに本社を置く世界最大手のインプラントメーカーであり、70年以上の歴史と豊富な臨床データを持っています。ストローマンインプラントの最大の特徴は、「SLA(サンドブラスト・ラージグリット・アシッドエッチング)表面」という独自の表面処理技術です。
この処理により、インプラント表面に微細な凹凸が形成され、骨の細胞が付着しやすくなります。その結果、オッセオインテグレーションの速度が速く、通常よりも短い期間で骨と結合します。
また、ストローマンは「ボーンレベルインプラント」と「ティッシュレベルインプラント」という2つのタイプを提供しており、骨の状態や審美性の要求度に応じて選択できます。特に前歯など審美性が重要な部位では、歯茎のラインを自然に保ちやすいボーンレベルインプラントが適しています。
ストローマンインプラントは世界中で広く使用されているため、将来的に転居した場合でも、多くの歯科医院でメンテナンスや修理が可能です。また、長期的な成功率が非常に高く、10年後の残存率は97%以上という報告があります。品質の高さから費用はやや高めですが、長期的な安心を重視する方に適したシステムです。
オステムインプラントの特徴
オステム社は韓国のインプラントメーカーで、アジア最大のシェアを持ち、現在では世界70か国以上で使用されています。オステムインプラントの特徴は、「SA(サンドブラスト・アシッドエッチング)表面」という表面処理技術と、優れた費用対効果です。
SA表面処理もストローマンと同様に骨との結合を促進し、良好なオッセオインテグレーションが得られます。オステムは特にアジア人の骨格や顎の形態に適したデザイン研究を重ねており、日本人を含むアジア人患者に適合しやすい設計となっています。
また、インプラント体の種類が豊富で、様々な骨の状態や治療ケースに対応できる柔軟性があります。費用面では、ストローマンと比較して手頃な価格設定となっており、複数本のインプラントが必要な場合でも経済的負担を抑えることができます。
ただし、ストローマンほどの長期的な臨床データはまだ蓄積されていませんが、近年の研究では良好な成績が報告されており、信頼性は確立されています。費用と品質のバランスを重視する方に適したシステムです。
患者さんに合わせた選択
当院では、患者さんの治療部位、骨の状態、審美性の要求度、予算などを総合的に考慮して、最適なインプラントシステムを提案しています。
例えば、前歯など審美性が特に重要な部位や、骨の条件が厳しいケースでは、長期的な実績が豊富なストローマンを推奨することが多くあります。一方、奥歯の複数本欠損で機能回復を主目的とする場合や、費用を抑えたい場合には、オステムも優れた選択肢となります。
インプラント治療の
適応条件と診査
治療を受けるための必要条件
インプラント治療を受けるためには、いくつかの条件を満たす必要があります。最も重要なのは、インプラントを埋め込むための十分な骨の量と質があることです。歯を失ってから時間が経過していると、骨吸収が進んで骨の高さや幅が不足している場合があります。
また、重度の歯周病によって骨が減少していることもあります。全身的な健康状態も重要な判断基準です。糖尿病がコントロールされていない状態では、感染リスクが高まり、オッセオインテグレーションも阻害されます。
また、骨粗鬆症の治療で「ビスホスホネート製剤」という薬を服用している場合、顎の骨の壊死というまれな合併症のリスクがあるため、慎重な判断が必要です。喫煙習慣も、血流を悪化させてインプラントの成功率を低下させる要因となります。
年齢に関しては、成長期が終了している必要があります。顎の骨の成長が続いている間にインプラントを埋め込むと、周囲の骨や歯との位置関係が変化してしまうためです。一般的には20歳以降が適応となります。上限年齢は特にありませんが、全身状態や外科手術に耐えられる体力があることが前提となります。
治療前の精密検査
インプラント治療を始める前には、詳細な検査を行います。まず、口腔内の状態を直接観察し、歯周病や虫歯の有無、残っている歯の状態、噛み合わせなどを確認します。
続いて、レントゲン撮影を行いますが、通常の2次元レントゲンでは骨の厚みや神経・血管の正確な位置が分からないため、「CT(コンピュータ断層撮影)」という3次元的な画像検査を行います。
CT検査により、骨の高さ、幅、密度を正確に測定できます。また、下顎には「下歯槽神経」という太い神経が通っており、上顎には「上顎洞」という空洞があります。これらの重要な構造物との距離を確認し、安全にインプラントを埋め込める位置を計画します。
最近では、CT画像をもとにコンピュータ上でシミュレーションを行い、最適な埋入位置を決定する「デジタルプランニング」が普及しています。血液検査を行うこともあります。貧血や血液凝固機能、肝機能、腎機能、血糖値などを確認し、手術に耐えられる状態かを評価します。
また、服用中の薬がある場合は、それがインプラント治療に影響しないかを確認します。
インプラント治療の
流れと治療後のケア
一次手術:インプラント体の埋入
インプラント治療の第一段階は、インプラント体を顎の骨に埋め込む手術です。局所麻酔を行った後、歯茎を切開して骨を露出させます。次に、専用のドリルで骨に穴を開けます。この時、骨が熱で損傷しないよう、生理食塩水で冷却しながら慎重に削ります。
穴の直径と深さは、埋め込むインプラント体のサイズに正確に合わせて形成します。穴が完成したら、インプラント体を埋め込みます。インプラント体は適切な強さで締め込む必要があり、強すぎると骨に過度なストレスがかかり、弱すぎると安定性が得られません。埋入後は歯茎を縫合します。
手術時間は1本あたり30分〜1時間程度ですが、複数本埋入する場合はそれに応じて長くなります。手術後は、オッセオインテグレーションが起こるまで待つ「治癒期間」が必要です。下顎では骨が硬いため2〜3か月、上顎では骨が柔らかいため4〜6か月程度かかります。
ストローマンインプラントの場合、表面処理技術により骨との結合が早く進むため、条件が良ければより短い期間で次のステップに進める場合もあります。治癒期間中は仮の入れ歯を使用することが多く、見た目や基本的な食事には支障がないよう配慮されます。
二次手術から最終的な歯の装着
オッセオインテグレーションが完了したら、二次手術を行います。これは、埋まっているインプラント体の頭部分を露出させる比較的簡単な処置です。歯茎を少し切開し、インプラント体に「ヒーリングアバットメント」という部品を取り付けます。これにより、歯茎が適切な形に治癒し、最終的な人工歯を装着するための土台が整います。
歯茎の形が安定したら、型取りを行います。インプラント体の位置と角度、周囲の歯との関係を正確に記録し、これをもとに歯科技工士が最終的な上部構造を製作します。上部構造の材質は、セラミックやジルコニア(非常に強度の高いセラミック)などが使用されます。
完成した上部構造を装着する際は、まずアバットメントをインプラント体に固定し、その上に上部構造をネジやセメントで固定します。最終的な噛み合わせを細かく調整し、違和感がないことを確認して治療が完了します。一次手術から最終的な歯が入るまで、トータルで3〜8か月程度かかることが一般的です。
治療後のメンテナンスと
インプラント周囲炎
インプラント治療後の最も重要な合併症が「インプラント周囲炎」です。これは、インプラント周囲の組織に炎症が起こり、骨が吸収されていく状態を指します。天然歯における歯周病と同様のメカニズムで起こりますが、インプラントには歯根膜という組織がないため、炎症が骨に直接波及しやすく、進行が速い傾向があります。
インプラントを長期的に維持するためには、定期的なメンテナンスが不可欠です。通常、3〜6か月ごとに歯科医院を受診します。メンテナンスでは、インプラント周囲の歯茎の状態チェック、レントゲン撮影による骨の状態確認、上部構造の緩みや破損の確認、噛み合わせの調整、専用器具によるクリーニングを行います。
毎日のセルフケアも重要です。通常の歯ブラシによるブラッシングに加えて、インプラントと歯茎の境界部分は特に丁寧に磨く必要があります。歯間ブラシやデンタルフロス、口腔洗浄器を適切に使用することで、インプラント周囲を清潔に保つことができます。
よくある質問(Q&A)
- Q.インプラント治療に保険は適用されますか?
- A.ほとんどの場合、インプラント治療は自費診療となり、保険は適用されません。
ただし、生まれつき顎の骨に大きな欠損がある場合や、事故や腫瘍の手術で顎の骨を大きく失った場合など、特定の条件下では保険適用される場合があります。当院では、使用するインプラントシステムによって費用が異なります。オステムインプラントは1本あたり40万円前後、ストローマンインプラントは1本あたり50万円前後が目安です。骨造成などの追加処置が必要な場合はさらに費用がかかります。
- Q.インプラント治療の痛みはどの程度ですか?
- A.手術中は局所麻酔を行うため、痛みを感じることはほとんどありません。
麻酔が切れた後は、抜歯と同程度の痛みや腫れが出ることがありますが、処方される鎮痛剤で十分コントロールできる程度です。通常、痛みは2〜3日でピークを迎え、1週間程度で落ち着きます。骨造成を伴う大きな手術の場合は、腫れや痛みが強く出ることがありますが、これも時間とともに改善します。
- Q. インプラントはどのくらい長持ちしますか?
- A.適切なメンテナンスを行えば、10年後の残存率は90〜95%以上と報告されています。
ストローマンインプラントでは97%以上という高い成功率のデータがあります。中には20年以上問題なく使用している例も多くあります。ただし、インプラントの寿命は、口腔衛生管理の状態、定期メンテナンスの受診状況、喫煙の有無、全身疾患の有無などによって大きく変わります。特にインプラント周囲炎が発症すると、インプラントを失うリスクが高まるため、予防が最も重要です。
- Q.オステムとストローマン、どちらを選べばよいですか?
- A.治療部位や患者さんの状況によって推奨するシステムが異なります。
前歯など審美性が特に重要な部位、骨の条件が厳しいケース、長期的な実績を最優先する場合は、ストローマンインプラントをお勧めします。一方、奥歯の機能回復が主目的の場合や、複数本のインプラントで費用を抑えたい場合は、オステムインプラントも優れた選択肢です。診査の結果をもとに、それぞれのメリットとデメリットを説明し、患者さんと相談しながら最適なシステムを選択します。
- Q.インプラント治療後、MRI検査は受けられますか?
- A.はい、問題なく受けられます。
インプラント体に使用されるチタンは非磁性体であり、MRI検査に影響を与えません。ストローマンもオステムも、どちらのシステムでもMRI検査を安全に受けることができます。ただし、上部構造に金属が使用されている場合、画像に若干のアーティファクト(歪み)が生じることがあります。MRI検査を受ける際は、インプラント治療を受けていることを医療機関に伝えておくとよいでしょう。CT検査についても同様に問題なく受けられます。